頑固あげポテト

其の一 高温で表面をカリッと揚げ、いもの旨みを閉じ込める。其の二 低温でじっくり揚げ、中までじっくり火を通す。 其の三 再び高温で揚げ、香ばしくカリッと仕上げる。 うまさの秘密 三度揚げ

頑固なこだわり

出会い

ポテトチップスとの出会い

1958年の設立当初、湖池屋はポテトチップスではなく、「お好み揚げ」などのおつまみ菓子を製造販売するメーカーでした。
創業者である小池和夫は、ある日仕事仲間と飲みに行ったお店でポテトチップスに出会います。当時、ポテトチップスは一般的なスナック菓子ではなく、まだ手作りが主流の珍しいものでした。
初めてポテトチップスを口にした小池は「こんなおいしいものが世の中にあったのか」と感動し、これを多くの人に広めたいと考えました。

開発に着手した当初は、当然おいしいポテトチップスを作るためのノウハウなどなく、
原料、生産方法、味付けなど、あらゆる面で試行錯誤の連続でした。
開発をまかされたのは、創業時からの勤続社員で現在OBの
中八児(なかやちご)さんでした。

ジャガイモ

苦労の上見つけたジャガイモの絶妙な厚さ

創業から間もない、まだ小さな町工場だった頃、社長の小池からいきなり「芋を買ってこい」とお使いに出された中八児さんがジャガイモの大袋を抱えて店に戻ると、洗濯板と桶が用意されていました。
中八児さんがそれを使ってジャガイモの土を落として社長に手渡すと、小池はそのジャガイモを包丁で薄くスライスしていきます。ジャガイモの厚さを一枚一枚ノギスで測り、油を熱した大釜で揚げるのですが、最初の頃は厚すぎて、ほくほく感が残ってしまいポテトチップスになりません。

ノギスと格闘しながら0.1ミリ単位で厚さを減らし、試作と試食を延々と続ける苦労の末、カリッとした 歯ごたえが残る絶妙な厚さを見つけ出しました。

釜揚温度

油の温度を知る職人の技

もう一つの問題は温度でした。ほくほく感が残ったときは油の温度を上げます。
すると今度はジャガイモが焦げてしまいます。
厚さを変えるたびに温度も調節するのですが、当時100度以上測れる温度計が手に入らず、勘に頼るしかありませんでした。
ジャガイモを油に入れるタイミングは、温度が低すぎても高すぎてもいけません。
それでも何度も失敗を重ねるうちに、ここという瞬間が自然とわかるようになりました。

また油からザルを上げる頃合いは、中のジャガイモをザルでかき回したときのさらさらとした感触が教えてくれます。
これらの感覚は、中八児さんらが釜の前に立ち続け、まさに体で会得した職人技だったのです。

ジャガイモ

原料は今と変わらぬ国産芋

小池社長は、原料のジャガイモにもこだわりました。
最初の頃、一般に流通している男爵などのジャガイモも使ってみましたが、仕上がりが赤っぽくなってしまいます。
今でこそポテトチップス専用の品種等を使用していますが当時そんなものはなく、
ポテトチップスに合ったジャガイモを探すのには大変な苦労をしました。

おいしいポテトチップスを作るため研究を重ね、原料にもこだわり続けました。
だからこそ湖池屋は、今も変わらず国内産ジャガイモ100%にこだわり続けているのです。

絶妙さと

職人の手作り、釜揚げから生まれた絶妙な堅さと旨さ

最初から最後までまさに職人の手で作られていた当時のポテトチップスには、歯に心地よい絶妙な堅さがありました。
作る行程は機械化された現在もほぼ変わらないのですが、この違いを中八児さんは手作りならではの時間のかかり方にあるのではないかといいます。
スライスしてから揚げるまでにザルに拡げていた時間、今よりも長く釜でじっくりと揚げる時間、こうした微妙な時間の差が、当時の手作りポテトチップスに絶妙な味と食感が与えたのでしょう。

頑固あげポテトの完成

創業当時の製法と技を受け継いだ、頑固あげポテトの完成

出来上がったポテトチップスは当時、昔懐かしい一斗缶に油紙で包み出荷されました。
一斗缶は自転車でお菓子屋さんなどに配達され、お菓子屋さんは中身のポテトチップスを店先のケースに移して量り売りをしていました。
お店に並んだポテトチップスは、そのおいしさと物珍しさが相まって、当初から売れ行きは上々でした。

こうして日本で初めて市販されるようになったポテトチップスは各地で大評判となり、注文が殺到。湖池屋がポテトチップスを世の中に広めていく第一歩となったのです。

商品情報

  • 香ばし塩味

    じゃがいも本来のおいしさを味わえる塩味に、ほんのり香ばしさが加わった、飽きのこないおいしさです。

  • 湖池屋の味 のり塩

    香り高い国内産青のりとまとやかな焼き塩をあわせた風味豊かで素朴な定番の味。
    天海のやきしお使用